前回、地下足袋の話で締めくくらせて頂きましたが、
どうも、足りないきがしますので、
今回は、地下足袋の話ではじめさせて頂きます。
当初、ミミズの研究を始める目的となっていたのは、
コンポストについてです。
ミミズの餌に生ゴミを与え、生ゴミを処理し、
出てくる糞土を肥料に使用するという、リサイクルの研究です。
そこで、餌集めは、残飯回収ですので、
日曜日には子どもを軽トラに同乗させ回収の手伝いをさせたりしていました。
そんなお手伝いをさせていると、
子どもが小学校の作文に、
「お父さんの仕事は残飯集めです」
と書いてしまい、この頃、私はPTAの会長をしており、
学校中でこの事が広がり、親たちから会長はお仕事何をされているんですか?
と聞かれる始末です。
子どもは正直ですから、日頃しているお手伝いをそのまま作文にしてんでしょうが、
同じ子を持つ親、しかもPTA会長は一体何をしている人なんだろうかと
心配になるのは当たり前の事でしょう。
この事で、たくさんの人にミミズの説明をする事になったのですが。
そんな研究を始めたころは、お金もなく、安くて機能的な靴が地下足袋だったのです。
学校ではPTA会長で、運動会などでは朝礼台に立ってあいさつをします。
しかし、子供の目線の高さは、ちょうど足元くらいです。
子供たちから見える足元は、地下足袋です。
子供たちの間でも、石井のお父さんは、土建屋さんかお百姓さんなんじゃないかと。
私の子供は、返答に困ったようで。
確かに、子供が説明するには難しいし長い話になりますから。
そんな当初の目的からあるきっかけで、
ミミズの秘めた力を発見する事になり、
どういう方法で使用すればいいのか、また、製造すればいいのか、
そんなミミズの研究目的ががらりと変わり、
人の命にかかわる事が研究のテーマとなりました。
それから何年もかけ、凍結真空乾燥装置のテストプラントを設置し、
前処理の方法、凍結温度、真空の強さ、
加熱温度とそれぞれの処理時間を試行錯誤しながら、
また、それから1年をかけ、特許が取得できる製造方法を確立させたのです。
その過程で、子供たちにもミミズの洗浄の手伝いをさせたり、
夜、子供を寝かしつけて工場に夫婦で行き、
徹夜をして実験の繰返しをしていました。
今思えば、良い思いでになっていますが、
よくよく考えますと家に子供たちだけを残していた事は、
自然災害や火事、災難等に遭遇なく、何もなかった事が不思議なくらいで、
良かったなと胸を撫で下ろす思いもあります。
大げさに言えば家族の絆が生み出した製造方法かもしれません。
だから、ミミズへの愛着は人一倍持っている家族だと思います。
なので、
地下足袋は私がミミズの話をする時に無くてはならないものになった訳です。
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